恋は盲目、それとも病?「恋愛依存」の正体を科学する
「彼がいないと生きていけない」「既読がつかないだけで死にそうになる」
そんな激しい感情を、私たちは「純愛」や「情熱」と呼びがちです。
しかし、心理学の世界では、それが度を越して日常生活に支障をきたす場合、「恋愛依存(Love Addiction)」という、ギャンブルやアルコール依存に近い状態として研究されています。
今回紹介するのは、2024年12月に発表された最新の論文『Risk Factors for Love Addiction in a Sample of Young Adult Students: A Multiple Mediation Model Exploring the Role of Adult Attachment, Separation Anxiety, and Defense Mechanisms(若年成人の恋愛依存におけるリスク要因:愛着スタイル、分離不安、防衛機制の役割を探る多重媒介モデル)』です。
イタリアの研究チーム(ラクイラ大学のジャコモ・チョッカ、サピエンツァ・ローマ大学のフェデリコ・ミケーリ、フェデリカ・グッツォ、エリカ・リモンチン、ダニエレ・モライオーリ、エマヌエーレ・A・ジャンニーニ、トール・ヴェルガータ大学のマルコ・ディ・サンテ)が、大学生を中心とした若者を対象に、「なぜ人は恋愛に依存してしまうのか?」という謎を、心の奥底にある仕組みから解き明かしました。
恋愛依存の正体:単なる「好き」を超えた6つの特徴
研究者たちは、恋愛依存を単なる「好きすぎる状態」ではなく、以下の6つの特徴を持つ行動だと定義しています。これらに心当たりがある場合、それは情熱ではなく「依存」のサインかもしれません。
- 物理的・精神的な執着:生活のすべてが相手中心になり、自分の時間がなくなる
- 愛情の耐性:もっと一緒にいないと、あるいはもっと連絡を取り合わないと満足できなくなる
- 逃避としての気分転換:現実の嫌なことやストレスを忘れるために、恋を「麻薬」のように利用する
- 苦痛を伴う離脱症状:相手と離れたり連絡が途絶えたりすると、パニックや深い落ち込みに襲われる
- 社会的な衝突:恋にのめり込むせいで、学業や仕事、友人関係にトラブルが生じる
- コントロール不能な再発:自分にとって有害な関係だと分かっていても、同じような関係を繰り返す
「恐れ・回避型」の愛着が依存の引き金になる
研究の結論として最も注目すべきは、幼少期からの対人関係のスタイルである「愛着(アタッチメント)」の影響です。特に「恐れ・回避型」と呼ばれるタイプが強い人は、恋愛依存に陥るリスクが極めて高いことが示されました。
これは、「心の底では親密さを求めているのに、同時に傷つくことを極端に恐れて拒絶を予想してしまう」という矛盾した心理状態です。この「愛されたい、でも怖い」というジレンマが、皮肉にも相手への異常な執着を生んでしまうのです。
チェック:あなたはどのタイプ?恋愛を左右する「愛着スタイル」
代表的な4つのスタイルを知り、自分の傾向を把握してみましょう。
- 安定型:自分も他人も信頼できる。適度な距離感を保ち、不安になれば言葉で伝えられる。
- 不安型(とらわれ型):人との距離が近すぎることを求め、相手の顔色を過度に伺う。「嫌われたかも」と悩みやすい。
- 拒絶・回避型:親密になることを避け、一匹狼を好む。他人に頼ることを弱さだと感じる。
- 恐れ・回避型(今回の重要ポイント):本当は深く愛されたいのに、傷つくのが怖くて相手を突き放したり、逆に過剰にしがみついたりする。
恋愛依存のリスクが最も高いのは、この「恐れ・回避型」です。自分の心の中に「欲求」と「恐怖」が同居していることに気づくことが、変化の第一歩となります。
分離不安という名の「心のブレーキ故障」
次に重要な要素として挙げられているのが「分離不安」です。これは、大切な人がそばからいなくなることに対して、耐えがたい恐怖を感じる状態を指します。
研究では、先ほどの「恐れ・回避型」の人が、この分離不安を強く抱くことで、結果として恋愛に依存していくプロセスが証明されました。
相手を失う恐怖が強すぎて、自分を押し殺してでも相手にしがみつこうとする。この強い不安が、理性を上書きしてしまうのです。
未熟な「防衛機制」が依存の迷宮を深める
前述した「愛着」や「不安」が土台となりますが、この論文が暴き出した最も興味深いポイントは、私たちの心に備わっている「自分を守るシステム」が、実は逆効果を招いているという事実です。
心理学には「防衛機制」という言葉があります。これは、ストレスや不安に直面したとき、心が壊れないように無意識に発動する防御システムです。
この研究では、恋愛依存に陥りやすい人は、以下の2つの「未熟な」防衛反応を使いがちなことが分かりました。
具体例1:空想(ファンタジー)という名のシェルター
恋人から大切にされていない現実があるとき、「彼は今、仕事がすごく忙しいだけ。プロジェクトが終われば、以前のようにバラの花束を持って迎えに来てくれるはず」と、根拠のない理想のストーリーを作り上げます。
これによって、「今、大切にされていない」という耐えがたい苦痛から一時的に逃げているのです。
具体例2:身体化という名の悲鳴
言葉にできない不安が、体を使ってSOSを出す状態です。「不安だ」と認める代わりに、相手と会う約束の日になると激しい胃痛がしたり、連絡を待つ間に手が震えたりします。体調不良を引き起こすことで、無意識に相手の気を引こうとしたり、自分の感情を麻痺させたりします。
これらは一時的に不安を和らげますが、根本的な解決にはなりません。むしろ、現実の問題から目を逸らさせることで、泥沼の関係から抜け出すチャンスを奪ってしまうのです。
恋愛依存が完成するまでの「4つのステップ」
論文の核心は、これらがバラバラに存在するのではなく、連鎖しているという点にあります。研究チームが提唱する「多重媒介モデル」を整理すると、以下のようになります。
- 根源:「恐れ・回避型」の愛着(愛されたいけど怖いという不安)がある。
- 増幅:その不安が「分離不安(離れるのが怖い)」を大きくする。
- 歪曲:さらに「空想」や「身体化」といった未熟な防衛反応で現実を誤魔化す。
- 終着:このステップを順番に踏むことで、重度の「恋愛依存」が完成する。
つまり、恋愛依存は単なる性格の弱さではなく、幾重にも重なった心の防衛反応が複雑に絡み合った結果なのです。
健全な愛を取り戻すための3つのヒント
この論文は、依存のメカニズムを解明することで、私たちが自分を救うためのヒントを提示しています。
- 自分の「愛着のクセ」を知る:自分がなぜこれほど不安になるのか、過去の人間関係を振り返り、自分のスタイルを客観的に見つめることが第一歩です。
- 未熟な防衛に気づく:辛いときに「空想」に逃げていないか。それに気づくだけでも、心のコントロール権を取り戻しやすくなります。
- 専門的なサポートを検討する:研究では、カウンセリング等で「愛着の再構築」や「防衛機制のアップデート」を行うことが、依存脱却に有効であると強調されています。
まとめ:知性は情熱を制御する光になる
恋愛は人生を豊かにするものですが、自分を破壊するものであってはなりません。
「彼がいないとダメだ」という激しい感情の裏側に、幼い頃からの愛着の傷や、不器用な心の守りが隠れているかもしれない。
今の自分に起きていることを「あ、これは空想の防衛だな」とラベルを貼って眺める習慣をつけるだけでも、心に少しずつ余裕が生まれていきます。そう知っているだけで、私たちは嵐のような感情の中でも、少しだけ冷静に自分を抱きしめることができるはずです。
参考論文
この記事は、以下の心理学研究論文を基に構成されています。詳細なデータや研究手法に興味がある方は、ぜひ原文も参照してください。
Original Research Article:
“Risk Factors for Love Addiction in a Sample of Young Adult Students: A Multiple Mediation Model Exploring the Role of Adult Attachment, Separation Anxiety, and Defense Mechanisms”
Authors: Giacomo Ciocca, et al. (2024)
Published in: Behavioral Sciences, 14(12), 1222.
Paper URL:
https://www.mdpi.com/2076-328X/14/12/1222
※本記事は、上記論文の知見を一般向けに分かりやすく解説したものであり、医学的な診断に代わるものではありません。











