恋愛の沼から抜け出せない理由:サンクコスト効果の罠と脳の誤解

お金の心理学
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恋愛の沼から抜け出せない正体「サンクコスト効果」とは?

「あんなにひどいことをされたのに、どうしても別れられない」「もう冷めているのは分かっているけれど、これまでの時間を無駄にしたくない」。そんな苦しい思いを抱えていませんか?

実は、あなたが相手に執着してしまうのは、あなたの意志が弱いからではありません。脳がサンクコスト効果(埋没費用効果)という強力な心理トラップにハマっている可能性が高いのです。

サンクコストとは、すでに支払ってしまい、二度と戻ってくることのない「時間」「お金」「労力」のことを指します。人間には、失ったものを取り戻そうとするあまり、さらに損失を拡大させてしまうという奇妙な習性があるのです。

サンクコスト(埋没費用)
映画が開始30分で「つまらない」と感じても、入場料1,800円がもったいなくて最後まで観てしまう現象。この1,800円がサンクコストであり、人生の貴重な時間をさらに無駄にする判断を脳に下させます。

【論文解説】なぜ人は「長く付き合うほど」別れにくくなるのか

ミーニョ大学のサラ・レゴ博士らが行った2018年の研究では、恋愛関係におけるサンクコストの影響が詳しく調査されました。博士らは、架空の恋愛シナリオを用いて、参加者が「幸せではない関係」をどれだけ維持しようとするかを測定しました。

実験の結果、その関係に対して費やした時間やお金が多いほど、たとえ幸福度が低くても関係を維持しようとする傾向が劇的に高まることが判明しました。特に「10年付き合っている」という設定の参加者は、関係が冷え切っていても「これまでの投資を無駄にしたくない」という心理が働き、別れを選択しにくくなっていました。

さらに、心理学者のカネマン博士が提唱した「プロスペクト理論」によれば、人間は「得ること」よりも「失うこと」を2倍以上も強く恐れる(損失回避性)という性質を持っています。これまでの努力を「ゼロ」にすることを、脳は生物的な危機として感知してしまうのです。

プロスペクト理論
1万円を拾った喜びよりも、1万円を落としたショックの方が大きく感じる心理。このバイアスにより、不幸せな現状を維持する方が、未来の不確実な幸せを追うよりも「損をしない」と脳が誤認します。

【論文解説】「時間の長さ」がもたらす執着:10年の重みが判断を狂わせる

レゴ博士らの実験では、関係の継続期間がサンクコストとしてどのように作用するかを検証するため、参加者を「交際期間が短いグループ」と「10年という長期グループ」に分け、幸福度が低下したシナリオを提示しました。

その結果、10年間を投資してきたグループは、幸福度が低い状態でも関係を維持しようとする確率が、短期グループと比較して有意に高いことが示されました。具体的数値として、10年の投資がある場合、不幸せな関係であっても「別れない」と回答する割合が飛躍的に上昇したのです。

これは、脳が「10年分の自分」というリソースを失うことを、アイデンティティの喪失と同等に危惧しているからです。長く一緒にいるほど、相手への好意ではなく「これまでの自分を正当化したい」という執着が愛を上書きしてしまうのです。

デフォルト・ポリシー(Default Policy)
過去の判断や現状をそのまま維持しようとする脳の「標準設定」のこと。10年という長い時間を費やすと、脳にとって「別れる」という決断は、長年続けてきたデフォルト設定を破壊する極めて負荷の高い作業となり、現状維持を選ばせてしまいます。

【論文解説】「お金」の投資が引き起こすサンクコストの罠

同論文の別の実験では、時間だけでなく「経済的投資」も強力なサンクコストになることが証明されました。関係修復のために二人で高額な旅行を計画したり、共同で資産を持ったりしている場合、人はその「金銭的損失」を嫌って関係に固執します。

興味深いことに、金銭的なサンクコストを感じている際、脳の島皮質(Insula)が活性化することが分かっています。島皮質は「痛み」や「嫌悪感」を処理する部位であり、お金を無駄にすることを物理的な痛みとして認識します。

つまり、冷めきったカップルが高いキャンセル料を惜しんで旅行に行くとき、彼らは「愛」のために動いているのではなく、「脳が感じる損失の痛み」を回避するために動いているに過ぎないのです。このように、投資額が増えれば増えるほど、出口は見えにくくなります。

島皮質(Insula)
脳の奥深くにあり、内臓感覚や感情、そして「損をした」という強い不快感をつかさどる部位。恋愛で金銭的なサンクコストが発生すると、この部位が「痛い!損をしたくない!」と騒ぎ出し、冷静な別れの判断を邪魔してしまいます。

脳のショートカット:執着を生む物理的な回路

また、2025年にユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)から発表された最新の脳科学研究によると、執着が形成される過程では脳内の線条体(Striatum)前頭前野の連携が重要であることが示唆されています。

通常、私たちは合理的な判断を前頭前野で行いますが、強いサンクコストを感じている状態では、報酬系である線条体が「過去の投資を正当化せよ」という強力な信号を送り続けます。この信号が繰り返されることで、脳内にショートカット回路が形成され、考えるよりも先に「別れてはいけない」という直感的な恐怖が湧き上がるようになるのです。

日本人のライフスタイルにおいても、特に結婚適齢期や長年の同棲生活において、この「執着の回路」は強く働きます。「親にも紹介したし」「今さら婚活市場に出るのはリスクだ」といった社会的なコスト計算が、さらに脳を縛り付ける要因となります。

情緒の安定と恋愛の関係についてはこちらの記事が参考になりますが、脳の仕組みを知ることで、この不合理なループから抜け出すヒントが見えてきます。

線条体(Striatum)
脳の深部にあり、快感や習慣に関わる部位。過去に相手から得たわずかな報酬(楽しかった記憶)を過大評価し、「もっと投資すればまた報われる」という誤った教育信号を出し続けます。

【独自視点】サンクコスト効果にも「限界」がある?

ここで一つ、興味深い反証を提示します。サンクコスト効果は万能ではありません。多くの研究が示す通り、この効果が最も強く働くのは「中途半端に投資をした状態」です。

逆に、投資額があまりにも巨大になり、心身の健康を著しく損なうレベル(DVや借金など)に達すると、生存本能が働き、ある日突然糸が切れたようにサンクコストを無視できるようになるケースもあります。ただし、そこまで追い込まれる前に、理性的に「損切り」を行うことが最も重要であることは言うまでもありません。

今日から試せる!執着の呪縛を解く3つのステップ

「別れたいのに別れられない」という沼から抜け出すために、以下のワークを試してみてください。

「ゼロベース思考」で未来を想像する
「これまでの数年」を一旦忘れて、「今日、初めてこの人と出会ったとしたら、明日も一緒にいたいか?」と自分に問いかけてみてください。過去の投資を計算に入れないことで、脳のバイアスをリセットできます。

「機会費用」という概念を取り入れる
今の相手と過ごしている時間は、他の誰かと出会う可能性や、自分の好きなことに没頭できる時間を「支払って」得ているものです。サンクコスト(過去)ではなく、未来に得られるはずの利益(機会費用)に目を向けてください。

第三者の客観的な視点を借りる
執着している時、脳は極端な視野狭窄に陥っています。信頼できる友人やカウンセラーに「今の私の状況が、もしあなたの親友の身に起きていたら、別れを勧める?」と聞いてみてください。客観的な言葉は、脳の線条体が送る強力な執着信号を鎮める効果があります。

まとめ:新しい未来のために「損切り」する勇気を

執着を断ち切ることは、過去を否定することではありません。むしろ、これからの長い人生において「これ以上の損失を出さない」という最も賢明で前向きな決断です。

  • 失った時間やお金は「勉強代」として処理し、感情の損切りを行う。
  • 脳のバイアスを知ることで、自分の弱さを責めるのをやめる。
  • 今の苦しみは一時的な「離脱症状」であり、必ず新しい幸せで上書きできると信じる。

一歩踏み出すのは怖いかもしれませんが、その勇気があなたの脳の回路を書き換え、本来の輝きを取り戻させてくれるはずです。

参考論文

Rego, S., et al. (2018). The Sunk-Cost Effect in Romantic Relationships. Journal of Social and Personal Relationships. https://doi.org/10.1007/s12144-016-9529-9?urlappend=%3Futm_source%3Dresearchgate.net%26utm_medium%3Darticle

Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica. https://www.jstor.org/stable/i332789

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