なぜ「やる気」だけでは習慣を変えられないのか?脳の仕組みから紐解く継続の正体
新しい年や新学期に「毎日英単語を覚える」「筋トレを続ける」と決意しても、なかなか続かない。そんな経験はありませんか?実は、あなたが三日坊主になってしまうのは、根性がないからではありません。私たちの脳が「習慣」を作るための特別なシステムを持っているからです。
最新の研究によれば、私たちの日常動作の約45パーセントは、深く考えずに行われる「習慣」によって支配されています。朝起きて顔を洗う、スマホの通知をチェックする、自転車のペダルをこぐ……。これらはすべて、脳がエネルギーを節約するために編み出した「自動操縦モード」なのです。
2025年に発表された複数の最新研究では、この自動操縦モードがどのように脳内で作られるのか、その鍵を握る物質と、脳内の「物理的な配線」が特定されました。
脳内の「2つのシステム」が習慣を作る
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマーカス・スティーブンソン=ジョーンズ博士らが2025年に発表した研究によると、私たちの脳には習慣形成に関わる2つの学習システムが並行して動いていることが分かりました。
1つ目は「報酬ベースのシステム」です。これは「これをやったら良いことがあった!」という快感をもとに学習します。2つ目は「反復ベースのシステム」です。これは報酬の有無にかかわらず、ただひたすら繰り返すことで行動を脳に刻み込みます。
例えば、初めてスマホゲームをしてクリアした時、脳内では「ドーパミン」という物質が出て快感を感じます。これが1つ目のシステムです。
しかし、毎日同じゲームを続けていると、次第に快感は薄れていきます。それでも指が勝手にゲームのアイコンをタップしてしまうのは、2つ目の「反復」のシステムが、その行動をルーティン(決まりきった手順)として定着させたからなのです。
ドーパミン:脳内で「快感」や「やる気」を伝える化学物質です。美味しいものを食べた時や、目標を達成した時に分泌され、脳に「今の行動は良かったぞ、もう一度やろう」という信号を送ります。
マウスの実験で判明した「ストリアタム」の重要性
スティーブンソン=ジョーンズ博士のチームは、マウスを使った実験で、この仕組みをさらに詳しく調査しました。マウスに特定の音を聞かせ、それに応じて左右のボタンを押し分けると水がもらえるという課題を与えたのです。
マウスがこの作業を繰り返すと、次第に動作が速く、正確になっていきました。この時、脳内の「ストリアタム(線条体)」と呼ばれる領域でドーパミンのレベルが急上昇していることが確認されました。このストリアタムは、運動のコントロールや学習に深く関わる部分です。
ストリアタム(線条体):大脳の奥深くにある部位で、運動をスムーズにしたり、習慣を作ったりする役割を持っています。ここがうまく働かないと、歩行などの自動的な動きが難しくなることがあります。
さらに、この領域のドーパミンをブロックすると、マウスは新しいことを覚えるのが極端に遅くなりました。
つまり、ドーパミンは単なる「ご褒美」ではなく、脳に動きを覚え込ませるための「教育信号」として働いているのです。
一度習慣になってしまえば、たとえ最初のワクワク感が消えた後でも、体が覚えている動きを再現するたびに少量のドーパミンが出て、その行動を維持させてくれます。
脳の「配線」が切り替わる瞬間:習慣が定着する物理的メカニズム
さらに2025年にマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チーム(A. ジョンソンら)が発表した研究では、脳が行動を習慣として固定する際の具体的な通信ルートも明らかになりました。学習が進むにつれ、脳の使われている回路が物理的に入れ替わっているのです。
学習の初期段階では、脳は「前頭葉」という思考を司る部分と連携して、一つひとつの動作を確認しながら進めます。
しかし、行動が繰り返されると、この思考ルートは活動を弱め、代わりに「視床(ししょう)」から「線条体」の感覚運動領域へと直接つながるショートカット回路が台頭します。この回路が強化されることで、私たちは何も考えなくても体が勝手に動く状態になります。
回路(神経回路):脳内の細胞同士が結びつき、情報をやり取りする「電気の通り道」のようなものです。何度も同じ情報をやり取りすることで、この道は太く、速く伝わるようになります。
視床(ししょう):脳の中心付近にあり、五感からの情報を交通整理して脳の各所に振り分ける「中継センター」のような役割を持つ重要な部位です。
前頭葉(ぜんとうよう):おでこの後ろあたりにある脳の部位で、計画を立てたり、我慢したりする「司令塔」の役割をします。疲れやストレスに弱く、機能が低下すると理性が働きにくくなります。
一度このショートカット回路が完成すると、たとえその行動をしばらく止めたとしても、回路自体は脳内に物理的に残り続けます。これが、悪い習慣を断ち切るのが難しく、また一度身につけたスキルを忘れない理由でもあります。
習慣化の目安は「平均70日」
「新しい習慣は3週間で身につく」という説を耳にしたことがあるかもしれません。しかし、今回の知見やこれまでの研究を総合すると、実際には3週間から数ヶ月、平均して約70日間の継続が必要だと考えられています。
筋トレを始めたばかりの頃は、「筋肉がつく」という報酬がモチベーションになります。しかし、数週間経って慣れてくると、その喜びは当たり前になります。ここで多くの人が「やる気がなくなった」と挫折してしまいますが、実はここからが重要です。
報酬が薄れても「ただ繰り返す」ことで、脳の判断回路を通さずに動ける「デフォルト・ポリシー(既定の方針)」へと格上げされるのです。
デフォルト・ポリシー:レストランでいつも同じメニューを頼んでしまうように、迷った時に脳が選ぶ「いつものお決まりの行動」のことです。これによって、脳は「何を食べようか」と悩むエネルギーを節約できます。
医療への応用:パーキンソン病の理解へ
この発見は、単に日常のヒントだけでなく、医療の世界にも光を当てています。例えば、パーキンソン病は脳内のドーパミンを作る細胞が減少することで、体が震えたり、歩行が困難になったりする病気です。
この病気の症状の一部は、脳の習慣形成システムがうまく機能しなくなることに関連している可能性があります。
今回の研究で、どの脳領域が自動的な動きを支えているのかが明確になったことで、将来的に新しい治療法につながる期待が寄せられています。
記事のまとめ:理想の自分を「自動化」するために
私たちの行動の半分近くが習慣であるということは、「良い習慣」さえ作ってしまえば、努力感なしに人生を向上させられるということです。脳の仕組みを味方につけるためのアドバイスをまとめました。
1. 最初はご褒美を用意する:脳に「これは良いことだ」と教え込み、ドーパミンという教育信号を出すために、最初は小さなご褒美を組み合わせましょう。
2. やる気に頼らず、とにかく繰り返す:ワクワク感が消えるのは脳が慣れてきた証拠です。そこからが「視床―線条体」のショートカット回路を作る本番です。5分だけでいいので繰り返してください。
3. 悪い習慣は「置き換え」で対処する:脳から一度刻まれた物理的な回路を消すのは大変です。ストレスでお菓子を食べる代わりに「外の空気を吸う」など、新しい回路を上書きするのが近道です。
あなたの脳は、今この瞬間も新しい繋がりを作ろうとしています。今日から始める小さな一歩が、70日後にはあなたの「当たり前」になっているはずですよ。
参考論文
Greenstreet, F., et al. (2025). Dopaminergic action prediction errors serve as a value-free teaching signal. Nature.
Johnson, A., et al. (2025). Habits are encoded by distinct thalamo-striatal circuits. Nature.









